小室哲哉 子供の名は”ことり”?娘の画像や引退に至るまでを調査!

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小室哲哉さん 出典:音楽ナタリー
小室哲哉さん 出典:音楽ナタリー

数々のヒット作をプロデュース、90年代を席巻した小室哲哉さん。小室哲哉さんには先妻との間に娘さんがいるそうです。娘さんについて画像などを調査。そして妻KEIKOさんの介護、逮捕、不倫報道、引退表明など暗い話題が続いていますが、波乱の半生をまとめてみました。

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小室哲哉 前妻との子供、娘の名は”ことり”?画像など調査!

優れた才能を持ちながら不倫騒動が取り沙汰され、引退表明にまで至ってしまった小室哲哉さん。引退後も度々メディアから注目されています。

そんな小室さんには、実はお子さんが一人いらっしゃるそうです。

まずは小室哲哉さんの結婚歴について調べてみました。

1度目のお相手は、アイドルユニット『キララとウララ』で活躍をしていた大谷香奈子さん。

2度目のお相手は、小室ファミリーの音楽ユニット『dos』(ディー・オー・エス)メンバーだったAsamiこと吉田麻美さん。

そして3度目のお相手が、現在の奥様、globeのボーカリストKEIKOさんです。

ところで、小室哲哉さんと言えば、華原朋美さんとの交際も大変話題になりましたよね。

お二人は2度目の結婚前に交際をされていたそうです。

3度の結婚をされている小室さんですが、彼の子供は2度目の結婚となる、吉田麻美さん(Asamiさん)との間に生まれたお子さんで、2001年9月に女の子が誕生しています。所謂出来ちゃった婚でした。

名前は”ことり”さんと言い、漢字では『琴梨』と書くそうです。

琴梨さんの画像があるのか調べてみましたが、一般人で、まだ未成年ということもあり公開はされていないようです。

吉田麻美さん(Asamiさん)は以前、父親が誰かという事を、琴梨さんに話していないと発言しています。ですが、ネットなどの情報で薄々ご自身の出自を知っているのかもしれませんね。

小室哲哉 前妻Asamiと離婚!その理由や原因とは?

小室哲哉さんと吉田麻美さん(Asamiさん)との仲はもちろん良かったそうですが、後に小室さんの浮気が原因で離婚してしまいます。

そして、この浮気相手と言うのが、現在の結婚相手となるKEIKOさんだったのです。

吉田麻美さん(Asamiさん)は浮気相手がまさかのKEIKOさんだと知った時、震えが止まらなかったと後に発言しています。

小室哲哉さんは、かなり高額な慰謝料と養育費を支払う事となりました。

吉田麻美さん(Asamiさん)は現在、『BLUE MOON BOO』というユニットで音楽活動をされていて、テレビ出演などの表立った芸能活動はされていませんが、ダンサーとしてライブなどに出演したりと、イベントなどで活躍されているようです。

小室哲哉 現在闘病中の妻、KEIKOとの馴れ初めは?

小室哲哉さんとKEIKOさんは2002年に再再婚しています。

お二人の交際は、小室哲哉さんが、吉田麻美さん(Asamiさん)と結婚している間からと言われています。

吉田麻美さん(Asamiさん)とは後に離婚、KEIKOさんとは離婚後8ヶ月というスピード婚であったため、結果的に略奪婚という形になりました。

KEIKOさんとの関係は、1995年の『globe』結成以来、仕事のパートナーとしても長かったため、いつしか恋愛感情へと変化していってしまったのでしょうかね。

↓↓小室哲哉さんの妻、KEIKOさんについてはこちら↓↓

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2011年にくも膜下出血で緊急入院し、余儀なく活動休止に追い込まれてしまったglobeのボーカリスト、KEIKOさん。同グループメンバー小室哲哉さんの妻でもある彼女の病状は、現在どのような状態なのでしょうか?最近の報道やツイートなどを元に調査してみました。

小室哲哉 アーティストとしての経緯 全盛期の逸話など

小室哲哉さんはどのようにして音楽の道へ進んだのでしょうか。

はじめての楽器との出会いはヴァイオリンでした。しかも東京芸術大学の教授に教わっていたそうで、最初から本格的だったようです。

初代エレクトーン『D-1』出典:Wikipedia

初代エレクトーン『D-1』出典:Wikipedia

小学生になると作曲も始め、叔父からギターコードを教わり、マスターするのも早かったそうです。小学5年生の頃、母親に購入してもらった楽器はエレクトーン。これが鍵盤楽器との出会いとなります。

当時、YAMAHAから発売されたばかりで、とても高価なものでしたが、家庭に普及し始めるきっかけともなった製品です。当時のエレクトーンは、もちろん現在のような多機能なモノではなかったにせよ、後のシンセサイザーを巧みに操る小室哲哉さんの音楽のルーツになったのは間違いありません!

シンセサイザーとの出会い

小室哲哉さんが11歳のとき、後の”小室哲哉”を誕生させる出会いがありました。

1970年に大阪で開催された日本万国博覧会において、最先端の楽器『シンセサイザー』と『冨田勲氏』に出会います。

その後暫くして、家にあった楽器をすべて売り払い、シンセサイザーを購入し、オリジナル楽曲や作曲に没頭し始めます。

冨田勲さんといえば、シンセサイザーを日本人で初めて購入したとされ”シンセサイザーの神様”なんて言われているすごい人です!

この出会いがあったからこそ、小室哲哉さんのその後の楽曲、『TM NETWORK』『globe』や『TRF』などに代表される独特の小室サウンドが生まれ、日本中で誰もが知っているアーティストになっていく礎となったのではないでしょうか。

小室哲哉 一大ブームに!驚くべき全盛期時の収入

1994年にTMNの活動を一旦終えてから、多くのアーティストに楽曲を提供、数々のミリオンセラーを生み出し、小室哲哉さんが関われば必ず売れると言われるほどの大ブームを起こしました。

大躍進を遂げた全盛期の小室哲哉さんの忙しさは相当だったようで、年間90曲くらいは作曲していたとの話もあります。

4日で1曲のペースで作曲していたということになります。まさに寝る間も惜しんで仕事をし、そのために過労で倒れて入院したこともあるんだとか。

当時の収入も凄まじく、年収が20億円を越えていたとも言われ、非常に豪華なセレブ生活を送っていたようです。

カリフォルニアに6億円を超える豪邸を所有、超高級車を30台以上所有していたり、飛行機移動ではファーストクラスを貸し切りにするほど!

絶頂期には東京都港区の高額納税者に名を連ねていました。

大盤振る舞いも有名で、クリスマスにTRFメンバー全員に1000万円をプレゼントしたこともあったそうです。

CDの総売上は1億7000万枚以上を記録しています。当時はCDが主流で、時代の影響もありますが、たった4曲だけで1000万枚以上のCDが売れていたそうです。

小室哲哉さんの才能が、90年代の日本音楽業界において一時代を築いた事は誰の目にも明らかです!

順風満帆な小室哲哉さんでしたが、絶頂を極めた生活は長く続きませんでした。

まさに絵に描いたような転落人生が訪れます。